理想とするテンカラ竿
長時間にわたって振り続けても疲れず、そしてラインを自在に操ることが可能なバランス、つまり持ち重り感がなく、しかも適度な存在感がある竿。 大物を掛けても折れる心配がなく、なおかつ寄りのいい竿、つまり張りのある粘り腰。 そして、なによりも納得できる値段、つまり、こなれた価格。 テンカラ師の多くが求めてやまないそんなテンカラ竿の理想像は、私の頭の中ではとうに完成していて、その設計基準やノウハウに関しても、過去に出版したハウツー本、あるいは各釣り雑誌の中でも、再三にわたって声高に叫んできたつもりだ。その気になりさえすれば、ほとんどのメーカーで実現できたはずの、それは基準やノウハウだったのだが。

不満足な製品
しかし、毎年のように新製品と銘打って続々と発売されてきた現実のテンカラ竿の中で、私が理想とする水準に近いものはごく少なく、ほとんどの製品は不満足なものでしかなかった。 たとえば、全重量は軽いのだが、重心点が適切でないために持ち重り感がひどい。軽量化という点だけに片寄り、結果的に肉厚を薄くし過ぎて耐久性に乏しい。 つまり折れやすい。 硬調すぎて弾力に欠け、ラインを飛ばしづらい。反対に、軟調すぎて腰が弱く竿ブレが目立つ。穂持から穂先へかけての踏張りに乏しく、キャスティング時のラインパワーに穂先が付いていけない。つまり竿がラインに負けてしまう。 びっくりするほど高価。などなど。 そんなこんなで結局は既製品のテンカラ竿を諦め、ハヤ用、渓流用といった他のジャンルで用いられている竿を、自分の手でシコシコと改良した、いわば半手作りの竿を使わざるを得ない状態が長らく続いた。

全面的理解を示した開発陣
しかし一昨年、私の設計コンセプトを完全に理解した上で、「共に創り上げていきましょう」と申し出てくれたグループが現われた。それは他でもなく、テンカラ経験のある若手スタッフを中心に据えたスズミ釣具の開発陣であった。 フィールドスタッフという仕事は、とても片手間でできる仕事ではない。しかしライターとして自立の目処が立った矢先のことだっただけに、私にとってそれは、最善の時期に持ちこまれた話でもあった。 早速スタッフ契約を結んだ私は、いつか機会があったらと引いておいた図面を取り出して塵を払い、新たなコンセプトも加えてトレースし、仕様書と共に設計原案としてすぐさま提出した。 それを基に、開発担当者と様々な角度から検討を加え、各部の形状、材質、色など細部に至るまで、すべて見てくれや流行に捉われず、使い易さ優先、実用優先という仕様に撤したテンカラ竿の基本方針が、なんら滞ることなくスムーズに固まっていった。 1997年初春、先の長さはお互い承知の上で、それがどれほど遠かろうとも、「あくまでも理想とするテンカラ竿の完成だけがゴール」ということで、いよいよメーカーとの二人三脚がスタートした。

フィールドテスト
すべての原案が盛り込まれた図面が工場に送られて、やがて3バージョン各2本づつ、合計6本の1号試作品が手元に届いた。 魚の抜きを迅速に行えるパワーに特長を持たせた源流向き3・2m。 柔軟かつ胴振れしない芯の強さが特長の上流向き3・2m。 大型の魚とも堂々と渡り合える張りのある粘り腰、さらには、超軽量レベルラインを含む、すべてのラインとの相性を念頭に置いた本流向き3・5m。 各タイプの振り調子、持ち重り感、魚の寄り具合、釣り味、堅牢度などなど、すべての良否を確認するためのフィールドテスト→評価報告→検討→2号試作品→再テストそんな繰り返しを何度も経て、それぞれ試作品は次第に理想像へと近付いていった。 そして、「これならいける」という確かな手応えが得られたのは、3号試作品を手にした時点だった。

お飾りを除去してグレードアップ
その過程において、意味をなさないお飾り的な部品はすべて排除する方針が再確認された。たとえば、現在ほとんどの穂先に取り付けられているイトがらみ防止が歌い文句の金属トップである。 どんなタイプのラインを使うにせよ、通常のミチイトよりはるかに太いラインを使うテンカラでは、イトがらみの心配などさらさらない。したがって金属トップは必要ない。必要ないばかりか、かえってそれがあるために、穂先からのスッポ抜けや、金属疲労による破損など、あえて余分なマイナス要因を抱え込む結果となってしまっている。結局それは、お飾りにすぎない不要部品ということになる。 この点に関しては、テンカラ釣りのベテランの多くが、異口同音にそう洩らすところなのだが、惜しむらくは、その声がどこへも届かなかった点だ。 結局トップ部品を排除して従来のヘビ口に戻したことにより、大型の魚を掛けてラインと穂先が一直線になっても(竿が曲がるので当然そうなる)、あるいは枝に絡まったハリスを切るために竿を引っ張ったとしても、トップのスッポ抜けや破損といったトラブルの心配がまったく無くなった。 さらには、金属同士の接触による異音(竿の内部で増幅される)がなくなり、手元に伝わってくる違和感も解消されて、竿とラインとの一体感が格段に高まった。 グレードを高めるために取り付けられられたはずの部品を、思い切って排除してしまったことで、結局は実質的なグレードを大きく高めることができたという、留意すべき皮肉な結果である。 道具としての本来あるべき姿は、見てくれよりも性能を優先すべきであって、誰が考えてもそれが自明の理というものではなかろうか。


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渓愚の道具
●テンカラ竿 ●テンカラライン ●毛バリ