

「最も簡単で 最も面白く 最も奥の深いテンカラ」 |
●最も面白いテンカラ 毛バリを思いどおり流し、思いどおり出した魚を、思いどおりに掛ける。 テンカラに限らず、これは釣り全般にいえることだが、要するに 「なんとなく釣れてしまった」ではなく、「釣った」と確信できた1尾の満足度は、 そうでない数十尾の合計よりも、はるかに勝って高いはずだ。 テンカラで、そんな面白さをとことん追求するうちに、次第に、 そして必然的に成長していった方法論やテクニックが、 すなわちタイトルにある「渓愚の技法」ということになる。 |
●最も簡単なテンカラ 面白さの追求は、それこそ面白いことに、「最も簡単なテンカラ」 という大きな余得を与えてくれた。 毛バリが楽に飛ばせる竿とライン、合わせが楽な見やすい毛バリ。 そうした機能を備えた扱いやすいタックルを工夫することで、 キャスティングや合わせなど、テンカラの肝とされる部分が、 苦労して「技」を練り上げるまでもなく、 数時間のトレーニングだけで身に付いてしまう。 ちょうどそれは、 ダブルクラッチを操作しなければ運転できなかった昔の車→ シングルクラッチを操作して運転していた以前の車→ アクセルを踏むだけで運転できるごく最近の車、という具合に、 運転技術の習得が、メカ機能の高まりと共に、どんどん楽になって いった過程とよく似ている。 竿、ライン、毛バリというタックルのすべてを、うんと楽に扱うことが できれば、細かい操作に煩わされることなく、毛バリを思い通り流し、 思いどおり出した魚を、思いどおりに掛けるという、 テンカラの最も面白い部分に全神経を傾注することができる。 つまりは、「最も簡単なテンカラ」だからこそ「最も面白いテンカラ」 を味わえるというわけだ。 テンカラのテクニックは、 「神技とか妙技とかいわれるような魔法的なものではなく、誰にでも、 ごく簡単に理解できる性質のものでなければならない」 それが私の持論である。 |
●最も奥の深いテンカラ 簡単なテンカラだからこそ、実は奥が深い。 たとえばラインだが、誰でも簡単に飛ばせるラインすなわち適度 な重みがあって、なおかつ、しなやかなラインである。そういうライン だからこそ、サイドキャストをはじめとする多くのバリエーションテク ニックも楽に駆使できて、いきおい釣れるポインも大幅に拡大する。 つまりは、このうえなく奥の深いテンカラが味わえる。 毛バリもまた然りで、無理に「浮かす」ではなく、それ自体「浮く」と いう機能を持った毛バリを使えば、余分な操作不要となってテンカ ラが簡単になってくる。すなわち、誰もが「浮いている毛バリめがけ、 魚が水面を割って飛び出してくるスリリングなドライのテンカラ」 を楽しめるようになる。 つまりは、さらに奥の深いテンカラが味わえる。 浮きやすい毛バリ、あるいは沈めて流しやすい毛バリ、もっと釣れ る毛バリなど、簡単に面白く魚が釣れる毛バリの探求は、考え得る 限りの、多種多様な毛バリを巻く楽しみと必然的につながってくる。 こうと信じて巻いた自分独自の毛バリで渓魚に挑む。そして……。 この楽しみは実に奥が深い。 |
| 渓愚の技法 | ||
| ●なぜ魚は毛バリに食いつくのか | ||
| ●テンカラの流儀 | ||
| ●テンカラとフライその新たな兆し | ||
| ●毛バリを使いこなす | ||