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鳥の羽、獣毛、繊維、糸、鉄製のハリ、こうした「物」が毛バリ作りの素材だが、どれ一つ取り上げてみても、およそ魚の食欲をそそるような原料は見当たらない。がしかし、そんな素材を然るべき簡単な手順で巻いて毛バリという形状に仕上げさえすれば、すでにそれは単なる「物」の集合体ではなく、魚の食欲や好奇心を限りなく刺激する何か、つまりは本物の虫類と同様の、ときにはそれを凌ぐ効果をも期待できるのだから実に興味深く、また面白い。 毎晩のように目の色を変え、飽くことなく毛バリを巻き続けるテンカラ師やフライマンを何人も知っているが、彼らは一様にその面白さに取り憑かれたフリークたちだ。本物の餌とは程遠い素材を色々と組み合わせ、魚が驚喜するような毛バリを創り上げる色とりどりの絵の具を塗り重ね、実物を超える世界を創作しようと腐心し続ける画家。もちろん程度の差こそあれだが、そこには同根の心理がうかがえる。 餌でないものを餌のごとく仕上げ、本物と思わせて魚を誘い出してしまう。毛バリという道具を駆使するテンカラならではの醍醐味がここにある。 |
●魚の錯覚 魚が毛バリをくわえる理由は容易に想像できる。すなわち毛バリを本物の餌と思い込んでしまうからであって、つまりは魚の「錯覚」ということになる。そのメカニズムは、人間の場合に置き換えてみれば理解しやすい。 私の友人に、ヘビを異常に怖がるテンカラ師が2人ばかりいる。川における彼らの行動を見ていると、「どこかに潜んでいるはず」のヘビに対する恐怖感が、片時も頭から離れない様子がありありと伝わってくる。常に足元に気を配り、斜面の穴にオドオドするといった按配で、気の毒なほどのそれは怖がりようなのだ。常にそんな精神状態なものだから、もしも蔓(つる)の一部、あるいはロープの切れ端でも落ちていようものならもう大騒ぎで、後先も考えず「ギャッ!ヘビだ」と叫んで一目散に逃げ去ってしまう。 平常心をもって眺めれば、蔓はあくまでも蔓、ロープはあくまでもロープにしか見えないのだが、彼らにとっては「細長くクネル物」は全てヘビに見えてしまうらしい。頭を大きく占める恐怖心がもたらした「錯覚」であって、一目散に逃げ去った行動は、ヘビ状の物体に対する条件反射ということができる。 もう多くを語る必要はないと思うが、魚が毛バリに飛び付いてしまうのも、まったくそれと同質の錯覚であり、そして条件反射による行動と考えられる。かたや恐怖にかられて逃げ去り、かたや渇望にかられて飛び付く。どちらの行動も電光石火といっていいほど素早い。だからこそ、本質を見極める暇もないわけなのだが。 高度な判断力や思考力を備えているはずの人間でさえ、何の変哲もない蔓の一部やロープの切れ端をヘビと錯覚するくらいだから、人間よりもずっと単純な魚の頭に、しかも「それらしく」作られた毛バリが、すなわち本物の虫類と映ることがあっても何ら不思議はない。むしろ当然の結果というべきではなかろうか。 したがって本物の餌と同じく、毛バリでも魚がよく釣れるのである。 (堀江渓愚著、山と渓谷社刊『実戦テンカラ・テクニック』廣済堂刊『テンカラ 毛バリ塾』の2冊から抜粋) |
| 渓愚の技法 | ||
| ●なぜ魚は毛バリに食いつくのか | ||
| ●テンカラの流儀 | ||
| ●テンカラとフライその新たな兆し | ||
| ●毛バリを使いこなす | ||