テンカラの流儀


 十人十色とか、一人一派とよく言われるように、テンカラには実に様々な流儀があります。特に顕著なのが毛バリに関する考え方の違いであって多種類の毛バリを使い分けるのをよしとする人、限られた1本ないしは数種類の毛バリで充分だとする人、その主張するところは大きく2分されます。
 同じ種類の釣りなのに、なぜそれほど意見が大きく分かれるのかという理由ですが、それはひとえにテンカラをどう楽しむかというスタンスの違いであって、どちらが良でどちらが否と決め付けられる性質のものではありません。日本酒党の中にも、辛口の酒が好きな人もいれば甘口の酒が好きな人もいるわけで、主張するところそれぞれ大なるものがあるのと同じ理屈です。


●私の場合

で、私の場合はどうかといいますと、それが流儀といえるかどうか分かりませんが、多種類の毛バリをケースバイケースで使い分けていくことをむねとするテンカラです。

 私が出演したテレビ番組を見た方から、あれはテンカラではなく、ほとんどフライじゃないか、というお叱りに近いご意見をたまに戴くことがあります。ですが決してそうではなく、たとえどんな毛バリを使おうとも、どんな釣り方をしようとも、あくまでもテンカラはテンカラであって、他の何ものでもないというのがこれまで私が一貫して述べてきた主張であり、これからも変わることのないスタンスです。

 竿に直結したラインとハリス。その先端部に結んだ1本の毛バリ。竿にはガイドもなければリールもありません。ですから、れっきとしたテンカラ仕掛けであって、フライのそれとは似て非なるもの歴然なわけです。前後に竿を振ることでラインを飛ばし、毛バリを着水させる。で、出てきた魚をタイミングよく掛ける。これもまたテンカラの基本動作であって、他の流儀との違いはどこにもありません。

 ならば、なぜ「まるでフライのような」といったご意見を頂戴してしまうのかという点ですが、、それは私が多種類の毛バリを使い分け、そして毛バリ各々の性質に応じた釣り方をするからであって、この点が従来のテンカラにはあまりなかった方法だからなのだと思います。



●面白いテンカラを求めて

 アマゴ、ヤマメ、イワナというサケ科の魚をターゲットとするエサ釣りをしていた私が、同じくアマゴ、ヤマメ、イワナをターゲットとするテンカラという毛バリ釣り一本に転向したのは今から20数年前で、「とにもかくにも面白い」と感じたのがその動機でした。

 毛バリめがけて水中から突進してくる魚の動作、それを両の目でしっかり捉えて行なうスピーディーな合わせ、伝わってきた腕への驚異的な衝撃。テンカラでの初釣果はヤマメでしたが、すべてが新鮮でスリリングこの上なく、「こんな面白い釣りが世の中にあったのか!」と、まさに有頂天になっている自分をそこに発見しました。

 以来、魚の動作を目で見ながら合わせるまたとない醍醐味に私はすっかり魅せられてしまいました。

 目で見て合わせることを面白いと感じたテンカラの行き着く先、つまり今ある私のスタンスは、すでにその時点で決定づけられていたといっても過言ではありません。水中よりも水面近くにある毛バリ、さらには水面上にある毛バリと、目にできるだけ近いほうが見易いわけで、すなわち私が求める醍醐味も倍化されます。必然的に浮力の高い毛バリ、ひいてはあらゆる毛バリに着目するようになりました。


●浮力の高い毛バリ

 従来のテンカラには浮力の高い毛バリは存在しません。すべて沈めて使う毛バリばかりです。テンカラの歴史そのものが、職業漁師と呼ばれた人たち中心に行なわれていたことでも解るように、遊びの釣りとしてではなく、まずは釣果をむねとして受け継がれてきた結果が、そのあたりに色濃く表われているような気がします。あくまでも釣果を第一と考える実用的な毛バリというわけです。

 生活が掛かっているとなればそれも至極当然であって、こと仕事となったら面白い面白くないなどという次元は二の次三の次、もしくは思考の埒外に置かれてしまう存在でしかありません。

 ですが、当時も今も私は遊漁者であって、あくまでも面白い釣りを第一とし、職業漁師とは反対に釣果は二の次三の次と考えていい贅沢な立場にあります。そのスタンスが、従来のテンカラにはなかった浮力の高い毛バリ、つまり目で見て合わせるのに最も適した毛バリを選ぶ自由を与えてくれました。

 そんな時に目にした毛バリがフライ・フィッシングのドライタイプであって、それは極めて浮力が高く、しかも見易いことこの上ない毛バリでした。br>
 沈むことを防ぐために竿を高く掲げ、無理矢理水面に浮かせていたそれまでのテンカラ毛バリとは打って変わり、労せずとも水面上に浮かべておける毛バリの存在は、当時の私にとってカルチャーショックそのものでした。

 竿を寝かそうが立てようが、はたまたラインが弛もうが、どこまでも浮いて流れていく毛バリを使うことによって、目で見て合わせることの面白さが飛躍的に増したことはいうまでもありません。

「ドライタイプの毛バリを使って釣る醍醐味を、なにもフライマンだけに独占させておく手はない」というのが私の抱いた正直な感想でした。


●テンカラのバリエーション

 ですから私の毛バリケースには、伝統的な毛バリと並んで様々なタイプの毛バリが多数納められています。それはドライタイプに限ることなく、ありとあらゆる種類に及んでいます。

 それらをケースバイケースで使いこなすためのテクニックを磨くことも、毛バリ釣りの奥深さを識る楽しみにつながっています。

 伝統的な毛バリに様々な毛バリを加えることによって、テンカラの新たな面白さを追求していくどんな毛バリを使おうとも、テンカラはテンカラであって他のなにものでもありません。というよりも、なり得ないといったほうが正しい表現かもしれません。

 保守的な方法論にはある種の安心感はあるかもしれませんが、それはあくまでも画一的なものであって、どの面からも斬新な切り口を覗くことはできません。  伝統的なスピリッツを底流に据えてより面白いテンカラを追求する。それが私の流儀と言えば言えるかもしれません。

 いずれにしましても様々な流儀があるのが今のテンカラです。それは右という人もあれば左だという人もいるといった具合ですが、だからこそテンカラは個性的で面白いとも言えるのではないでしょうか。

本文初出雑誌『ハローフィッシング』(週刊テレビ)


渓愚の技法
●なぜ魚は毛バリに食いつくのか
●テンカラの流儀
●テンカラとフライその新たな兆し
●毛バリを使いこなす