丹波川の砂金  その1

 多摩川最上流部の渓魚釣り場といえば、何といっても本流筋の丹波川と支流筋の小 菅川が筆頭格。したがって、シーズン中は多くの釣り人がその2河川を訪れて釣り糸 を垂れる。

・丹波川
 小菅川にC&R区間が設けられてからは無沙汰続きだが、それ以前の私は丹波川 (たばがわ)へもよく出掛けた。後山川、泉水谷、一の瀬川、高橋川、柳沢川といっ た奥深い支流がいくつもあるので、硬派のテンカラから軟派のそれまでと、かなり趣 の異なるテンカラを1日のうちに何回も楽しむことができるからだ。
 先日のことだが、久しぶりにそんな丹波川へ足を向けた。
 ただしその日の目当てはヤマメでもなければイワナでもなく、まったくの別 物だっ たのだが。
 もったいをつけずにその正体を明かしてしまうと、実はその日の目当ては砂金の採 取であった。
 「おいおい、黙って聞いてりゃまた大ボラを」
 あっちこっちからそんな声が聞こえてきそうだが、ところがこれはホラでも冗談で もなく、かなりマジな話なのだ。

・砂金
 日本語で金、あるいは黄金、英語ではGold……。
 金貨や小判といった高額な貨幣、あるいは富の象徴である装飾品などに使われてき た金は、太古の昔から一貫して人類の目の色を変えさせてきた。いうまでもなく、不 変の輝きと希少価値あってのことだ。その元素記号Auはラテン語のaurumから 取られたものだが、これを溶かすことができる物質は、濃硝酸と濃塩酸をきっちり1 対3の割合で混ぜたいわゆる王水のみ。したがって空気中や水中に放置しておいても 銀のように変色することがないので、その輝きは永久に失われることがない。貴金属 といわれるゆえんもそこにある。
 自然界に存在する金には、砂金と 山金の2つがある。
 山金とは、文字どおり山の鉱脈に存在する金だが、それが砂利などと共に降雨の影 響によって下流域に運ばれ、堆積物として水底や河岸にとどまっているものがつまり 砂金だ。
 というところで、丹波川の砂金。

・ 黒川金山
 かつて丹波川の流域には有数の金山があった。戦国の雄、武田信玄の戦略を容易に した黒川金山で、世に知られた甲州金はここの産だ。地理的には山梨県丹波山村内に ある落合という集落対岸の、鶏冠山一帯を指す。
 最盛期には、「黒川千軒丹波千軒」と称されたほど活況を呈したというが、そんな 金鉱も戦国時代に閉山されてしまい、今は史料に名をとどめるのみで坑道の跡地すら 定かでない。
 しかし、かつての金鉱の下流域では、今も砂金が採れるというのが鉱物マニアの常 識である。
 そこで久方ぶりの丹波川行きとなったわけだが、かといって闇雲に出掛けたわけで はなく、良き指導者に恵まれての行動だ。

・ 鉱物学の権威
 良き指導者とは、国立科学博物館の地学研究部に所属する松原聰博士で、これまで に世界初産の鉱物をいくつも発見しているその道の権威である。貴金属とはいえ、金 も鉱物のひとつ。したがって、その採取を指導してもらうには、この上ないほど贅沢 で的確な人物なのだ。
 松原博士と知合った経緯の詳細は省くが、博士もすこぶる釣り好きで、ちょくちょ く小菅川のC&R区間へフライ竿を振りにくる。で、次第に親交が深まってと、要は そういうことなのだ。ひいては、鉱物好きの私にとっては願ってもない付き合いと なっているのだが。
 小菅川で釣りを終えたある日のことだが、多摩川流域の鉱物に関する話題のひとつ として、私と友人たちに向かって博士がこんな話をしてくれた。
 「秩父の荒川上流にはいくつも金の鉱脈があって、その下流の長瀞でも砂金がよく 採れます。ですから黒川金山があった丹波川でも、半日も捜せば同じように見つかる はずです」
 私と同世代の昭和21年生まれだが、片や京都大学出の秀才である。毛バリで魚を騙 すことを生業とする私などと違って、言葉の端々にも説得力がある。そこで同席した 全員が身を乗り出し、
 「でしたら次回は小菅川で釣りをする前に丹波川で是非ともそれを」
 ということになった。
 志願者は、私の他にスポニチOBの若林茂さん、小菅村漁協の舩木学さん、そして 丹波小菅一帯の地理に精通している上野原消防署の嶋崎新吾さんの4人。私以外の3 人は、さほど鉱物に関心はないはずなのだが、なにしろ物が物だけに、今回ばかりは かなり興味をそそられたようだ。

・ 泉水谷の出合いで
 5月某日午前10時、丹波川本流と支流の泉水谷が合流する地点に砂金採りの志願者 一同が顔を揃えた。ただし、参加人数が当初の倍以上に膨れ上がってなんと10名。松 原博士を交えて総勢11名の大所帯となってしまった。話を聞きつけた奥方連中、つま り若林夫人、舩木夫人、それと私の家内なのだが、その3人が是非とも参加を、と希 望してきたからだ。参加したのかさせられたのか、舩木夫人などは、助手として息子 の大地君まで伴っている。金の魔力まことにおそるべしといったところか。
 「足袋のコハゼくらいと言いますが、それくらい大きな物が採れることもあるの で、砂金採りもばかになりません」
 そんな博士の一言が引き金となり、全員一丸となって川へ降った。
 大石が点在していてなかなか渓相 のいい丹波川の本流を少し溯ったところで博士から声が掛かった。
 「地図で見ると、この先がかつて黒川金山のあった位置です。まずはここらでやっ てみましょう」
 そういいながら博士がリュックから、砂金採取に必要な道具一式を取り出した。
 折畳み式の小型シャベル。目の荒いものから目の細かいものまで3点がセットに なっている篩(ふるい)。
ヤナギの木で作らせたという大きな皿。
 以上の3つが砂金採りに不可欠な道具なのだ。

・ キラリと光る一粒が

 シャベルを手にした博士が立ち上がった。私たちの誰もが「いよいよ河原の砂を掘 り起こすのかな」、と思って見ていたのだが、そうではなく、博士は意外な行動に出 た。川岸近くの草を掴み、その根元を土ごとシャベルで掘り起こしたのだ。
 「網状になっている草の根が土砂を抱きかかえていて、その中に砂金が交じってい るんです」
 そういいながら皿の上に篩を乗せ、その中に草の根を入れて土や砂利を ぶちまけた。
 「ははあ、河原の砂ではなく、草の根っこが抱いている土砂の中に…成程ねえ」
 何事にもコツというものがあることを、参加者一同は再確認したのであった。
 大粒の砂利を篩で取り除いた皿の中に、細かい土砂だけが残った。
 博士はその皿をゆるい流れの中に沈め、斜めに傾けて回しはじめた。 西部劇によ く出てくるシーンと同じなので、見たことがあるという方も多いと思うが、ゆるい流 水の中で皿を回すことによって軽い土砂を押し流し、比重の重い砂金だけを残して採 取する方法だ。このテクニックをパンニングという。
 いくばくもなく、皿の底には比重の重い砂鉄だけが円を描いて帯状に残った。そし てその後端部に、陽光を受けてキラリと輝く金色の粒が。
 「ほらこれが砂金です」





初出『ハローフィッシング』(週刊テレビ)

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