多摩川紀行 その1 
〜青梅街道から日原川へ〜

・多摩川本流と青梅街道
 東京の西北から東南へ向かい、全市区町村を斜め上下に分割するように多摩川は流れている。地図上でその形を眺めると、こちらに正面を向けた東京都が、細い襷(たすき)を右肩から斜めに掛けているようにも見える。青く染められたなかなか粋な襷と考えるのは、もちろん釣り師の贔屓目にほかならない。しかしながら源流部から河口部までの流程138キロは、関東地方の河川としては那珂川に次いで4番目、5番目の相模川109キロをはるかに凌駕して、なかなか堂々たる規模を誇っているのである。水道栓を通したにしても、その水で産湯を浴び、その水を飲んで育ち、その水辺で釣りを覚えた釣り師としては、そんなことすら嬉しいのだから我がことながら他愛ない。

・釣り場
 私がもっぱらとするテンカラという日本古来の漁法、すなわち毛バリ釣りなのだが、それで狙うヤマメやイワナというサケ科の魚は、関東の場合は上流域でしか生息出来ない。だから多摩川との付き合いも、もっぱらその上流部、さらには源流部ということになるのだが、流域面積1240平方キロメートルという広さからも推し量れるように、その奥行きはかなり広大なので、そんなエリアにも事欠かない。多摩川という河川は、秩父多摩国立公園一帯の広い懐全体に、それだけ細かな支流を枝のごとく伸ばしているのだ。

・青梅街道
 青梅街道をひたすら西に向う。これが多摩川源流部へ向かう一般的なルートであって、よほど道路が混まない限りは、時間的にもやはりそうするのが一番早い。
 ルートに添った青梅の町並は、宿場や機織の町として名をなした往時の面影を年々薄れさせてはいるが、ところどころに残る旧家然とした建物や、狭い道の両側に密集して軒を連ねる商店の家並みなどから、やはりそれと感じさせる何かがある。そこはかとなく、という副詞そのままに、どこか古風な雰囲気が漂っているのである。

・奥多摩駅
 青梅から、宮ノ平、日向和田、石神前、軍畑など、由緒ありげなJR各駅を右手に、左眼下に多摩川の本流を木の間ごしに見やりながら、左右の山裾が徐々に迫ってくる谷あいのルートを30分も走ると、やがてJR青梅線終点の奥多摩駅の駅舎、土産物や食料品などを扱ういくつかの店など、街道からちょっと奥まった右手方向にそれが見えてくる。休日ともなれば、その駅前広場は老若男女の登山客で大層賑わって活気付く。氷川という旧駅名でも知られる奥多摩駅は、雲取、鷹ノ巣、天目、川苔など、秩父多摩国立公園内の山々へ向うための、大きな玄関口の一つなのだ。
 

・様子のいい谷
 奥多摩駅前の交差点をそのまま直進すると、青梅街道は日原川に架かる橋をすぐに渡って三叉路となる。
 奥多摩湖を経て山梨県丹波村方面、さらには柳沢峠を越えて塩山へと、どこまでも西に向う青梅街道とは、その三叉路で別れて右折すれば、様子のいい谷あいを縫って日原川添いに上流へと向う道となる。谷の様子の良さは、秩父古生層と呼ばれるこの辺り一帯に広がる硬い地質が大きく関係している。
 硬い地質の正体は、石灰岩というコンクリートの原料になる灰白色の岩石なのだが、その性質は浸食作用に強く、大きく崩壊することがない。したがって膨大な年月のうちに、ごくごく微量づつ川の流れや風雨に表面を刻まれて形を変えてきたわけだが、それがいわゆる奇岩奇石となって谷全体、山全体を覆い、白を基調とした力感のある美観をかもしている。まさに自然の妙と言わざるを得ないが、特に新緑の時期、あるいは紅葉の時期には、日原川の澄んだ渓流を芯とする、構図、色調、共に見事な素晴らしい景色に仕上る。

・日原川
 その日原川は、多摩川水系の中でも屈指の支流といってよく、最源流の雲取谷を発した後に、大小幾つもの谷を包括しつつ豪快な渓流となって下り、奥多摩駅付近で膨大な量の流れを多摩川本流へと引き渡す。
   主な谷を下流から列挙すると、まずは菊花石を産することで知られる川乗谷。野猿が多数生息する倉沢谷。日原鍾乳洞がある小川谷。延吉地獄という名の淵に、凄惨な伝承が残る長沢谷。厳しい爆流帯に、多くの人命を呑み込んできた唐松谷。イワナの釣り場として人気の高い大雲取谷と小雲取谷など。すべて奥深く、変化に富んだ渓相を持つ谷ばかりである。
   青梅街道から日原川へかけての行程には、これまで述べてきたような釣り以外の様々な付加価値が、まだまだふんだんに含まれている。それ在るがゆえに「釣れて良し 釣れなくても良し 多摩川の釣り」という気に、ついさせられてしまうのだが、多摩川という東京の川には驚くほど広大で深い懐があるという、それが端的な証し、なのではなかろうか。
 

・観光スポット
 吉川英治が新平家物語を完成させた草思堂や遺品が興味深い「吉川英治記念館」(最寄駅JR線・日向和田)と、日本画の巨匠、故河合玉堂の大作やスケッチが多数展示されている「玉堂美術館」(同・御岳駅)の二つが、青梅街道の対岸に面した吉野街道にある。青梅街道を古里附橋の先で入川添いに右折すれば「東京都水産試験場・奥多摩分場」(同・古里駅)があって、そのビジターセンターを見学することで、ヤマメやイワナの生態を詳しく知ることができる。前述した日原川支流小川谷の「日原鍾乳洞」(同・奥多摩駅から日原行きバス終点)も一見の価値がある。
 

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