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つい先日のことですが、初対面にもかかわらず、なんとも懐かしく思えてならないHさんという人物と暫し語らう、という希有な時間を経験しました。 | |
・原宿のバーで ビルの2階にあったバーのガラスドアから見下ろした雨上りの夜の明治通り。街路灯に映えた秋の並木道が、東京では珍しく冴えて見えた宵のことでした。初対面なのに懐かしいとはおかしな話だ、とお思いでしょうが、簡単に理由を言ってしまいますと、Hさんと私が費やした過去の時間の中に、驚くほど幾つもの共通項が含まれていたからなのです。 生まれた年がまず同じ。かつて徘徊した街も渋谷と新宿が中心でこれまた同じ。夢中で聞いた音楽も60年代のジャズが中心でまた然り。さらには、Hさんがフライ、私がテンカラという違いこそあれ、毛バリ釣りという似たような趣味にのめり込んでいった時期もほぼ同じ。 ここまで共通項が出揃っては、お互いに懐かしく感じない筈がありません。しかも、Hさんの行きつけということで同席したバーが、今どき珍しいほど古めかしい店で、聞かせる音楽は全てジャズ、それを奏でるのはCDでも有線でもなく、LPレコードを回すオ−ディオシステムというのですから堪りません。カウンターに腰を据えた瞬間から、まるで60年代当時の過去へタイムスリップしたようで、「再び訪れてみたらバーは跡形もなく」そんな奇妙な感覚に私は陥ってしまいました。 言い遅れましたが、Hさんを紹介してくれたのは、中学校から高校へかけて、ヘボなバンド仲間として共に青春時代を過ごした私の親友で、彼とHさんとは旧知の間柄です。 | |
・60年代のジャズ 「さて渓愚さん、何を聴きますか」 カウンターのコーナーを挟んで腰 を落ち着けたHさんが、私にそう訊ねました。 「そうですね、この際ですからどっぷり60年代に漬かりましょうか」 「なるほど、いいですね」 「ハービーマンのアット・ザ・ヴィレッジゲート有りますか」 中年ですが、目がクリッとして顔の整った小柄なママさんに、私はそうリクエストしました」 「わあ懐かしい曲。えーと、はいこれ」 LP盤がぎっしり詰まった棚の中からママさんが取り出してきたジャケットは、笛を奏でる人物と脇で踊る女性とが、原色の赤と黒で抽象的にザックリと描かれた旧知のライブ盤そのものです。 「あー、それだよそれ」 私とHさんが同時に言いますと、 「カミン・ホーム・ベイビーね」 と、打てば響くような返答が、すぐにママさんの口をついて出ました。カミン・ホームベイビーという曲は、ベン・タッカーというベーシストが作曲したリフですが、フルート奏者のハービーマンが演奏して以来、数あるジャズの中でも最もポピュラーな人気を博してきた曲目です。中でも、私がリクエストした「アット・ザ・ヴィレッジゲート」というレーベルは、1962年12月のニューヨークにおいて、その名のとおりヴィレッジ・ゲイトというライブハウスで吹き込まれたもので、ハービー・マンのアドリブがひときわ光るライブ盤なのです。 かつて私が徘徊していた60年代の新宿や渋谷のジャズ喫茶では、カラスの鳴かない日はあっても、それが日に何度か掛からないことが無い、というくらい盛んにリクエストが繰り返されたレーベルで、中でもカミン・ホーム・ベイビーは、クラシックの中の「第九」、演歌の中の「銀恋」、民謡の中の「黒田節」などと同じくらいに、当時のジャズ好きの間ではポピュラーな曲だったのです。 レコード盤に針が乗ってベースのイントロが始まり、やがてブルースにラテンのフィーリングが加味されたフルートの旋律が続きます。 | |
・懐かしい本 「渓愚さん、『山里の釣りから』という本をご存じですか。えーと著者はなんていったっけかな」 カミン・ホーム・ベイビーに続く2曲目のサマー・タイムのエンディングも止んで、またも懐かしい話題の再開です。 「ああ、内山節さんの」 「おおそれだ。渓愚さんも読んでいましたか」 4章の随筆が納まった『山里の釣りから』という単行本の発行は昭和55年ですから今から20年ばかり前で、それほど古い時代ではありませんが、お互いフライ竿やテンカラ竿をがむしゃらに振り続けていた頃ということもあって、Hさんと私ににとってはやはり懐かしい記憶の一つなのです。 「あれはいい本です。哲学者なんですね、著者の内山さんという人は」 酔いも手伝ってのことでしょうが、グラス片手にそう話すHさんの目が幾分潤んできています。 「らしいですね、奥付に哲学専攻と、たしかありました」 「あの本を読んだあと行きましたよ、神流川源流の浜平鉱泉のあたりにイワナを釣りに」 『山里の釣りから』は、Hさんにかなりな影響を与えたようで、それだけでも著者の力量がしのばれます。 「すでにご存じでしょうが、その下流域の上野村管内に今年からキャッチ&リリース区間が設けられまして、禁漁後でしたが、私も漁協の組合長さんと会って色々と話を聞かせてもらいました」 「8月に大出水があって、かなり荒れたようですね、神流川は」 Hさんが言うように、8月に集中豪雨があって、それ以降の神流川は濁りが取れず、ほとんど釣りにならなかったと私も聞かされました。 「嘆いてましたよ、組合長も。かつて無差別に行なわれた上流での工事が祟っているといって」 「内山節さんのTあとがきUにもありましたね、労働が再び自然と人間の交歓に戻らないかぎり、自然保護、環境保全は空論に終わると。嘆かわしいなあ」 懐かしい釣りの話題を突き詰めていきますと、どうしてもその方向へ話の矛先が向いてしまいます。そうならざるを得ない事実が多数あったわけで、まさに嘆かわしいことではあるのですが。マイルス・デビスのうめくようなトランペットのアドリブに耳を傾けながら、暫し無言のHさんと私でした。 | |
・釣りの約束 「ところで、来シーズンはぜひとも小菅川に連れていってくださいよ渓愚さん」 「喜んで。禁漁後に見てきましたが、キャッチ&リリース区間に大きな魚が沢山残っていて、産卵床もあっちこっちにできていましたから、これからも小菅川は大いに期待できると思います。行きましょう来年は是非一緒に。それから神流川へも」 良き釣りの友人がまた一人。デーブ・ブルーベックが弾むように奏でる「テイク・ファイブ」の5拍子を聴きながら、私は頻りにそう感じていました。 | |
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◇ 本文初出誌・『ハローフィッシング』(週刊テレビ) |