「たとえば里川では」

山家の庭先に桃の花が咲き揃い
里川の水もほどよく温んで、とろりと春たけなわ。
そぞろ歩くテンカラ師の背に当る陽差しがぽっかりと暖かく、 
心身のしこりもすっかりほぐれて竿が軽い。
ポッ、ポッ、と川面からカゲロウが飛び立ってヤマメも騒ぎ出した。
対岸に咲いたタンポポの手前でもヤマメが跳ねた。1回…2回…3回。
盛んにカゲロウを捕食している。よろしい、本格的なライズだ。
テンカラ師は足音を忍ばせてそっと近づき、
そろりと竿を構えて毛バリを振り込む。
… 出た!         
合わせをくれた竿が撓んで、ラインが一直線に漲ぎり、
毛バリをくわえたヤマメがハリスを断ち切ろうと暴れ回っている。
盛大な飛沫が散り、鏡の破片を撒いたかのように光を無数に結んで輝いている。
どこまでも輝かしく、どこまでもエキサイティングな光景だ。
ネットに納まった銀白の魚体は、小判型のパーマークも鮮やかな良型。  
ヤマメを解き放つと、再びとろりと春たけなわの里川。


「たとえば源流では」 黒々と艶やかな一枚岩を背景に従えた滝に木漏れ日が射し、 霧のように肌目細かな飛沫に虹の橋が架かった。 落下した流れが、滝壷に満々と湛えられた水と一頻り揉み合って 白泡を生じ、やがて秩序を回復して下流へと向かう。 その白泡の切れ目、虹の橋が始まるあたりへ見当を付け、 夕べせっせと巻いた自信の毛バリを振り込む。 毛バリはぽっかりと小さく浮いて さざ波だつ水面から穏やかな水面へ。 その刹那、一気に水面が割れて魚が毛バリを襲った。 間違いなく尺上のイワナだ。   釣り人はグリップを小さく煽って合わせを行い、 余勢を駆って竿を立てた。 潜ろうとするイワナ、そうはさせまいとする釣り人。 丁丁発止の駆け引きが続く。 深い弧を描いて竿は大きくしなり、ラインは張り詰めて水を裂くが、 勝負に目算が立った釣り人は余裕を見せ、 水中を走り回るイワナの勢いを堪能しつつ足元へいざなう。 序破急を演じた滝壷は何事もなかったかのように静まり、 虹を見上げるテンカラ師の顔に笑みが広がる。 巷間から僅かながら引き摺ってきた屈託の残像は今や跡形もない。 
「深く広大なテンカラの魅力」  テンカラにぞっこんの釣り師に向かって、 「テンカラという釣りにはどんな魅力があるのか」 そう質問をされる場合は、時間的な余裕がふんだんに あるときになさったほうがいい。  テンカラ師にとっては、 それこそ願ったりの質問なものだから、一度口を開こうものなら 数時間はおろか、おそらく1日たってもそれは止まない。  そんなわけで、 テンカラの魅力について、これから3日ばかり……というわけには やっぱりいかないだろうから、そのあたりの核だけを取り上げて、 なるべく手短に話を進めていくとにしたい。


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テンカラの魅力
●テンカラで感じた
気分の高まり
●フィールドの多様性と、
それぞれの持ち味
●テンカラの
独創性