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だが、そう見えるのは表層だけで、流れる水の世界では、すでに新たな生命の躍動が始まっている。ヤマメの仔魚の先駆けが、いよいよ産卵床から這い出して餌を摂りはじめたのだ。その体長たるや三前後とごくごく小さな躍動だが。 ヤマメの受精卵が孵化する条件は、積算水温で三百度とされる。つまり水温十度で三十日後だ。孵化した仔魚が、腹に蓄えた黄身をすっかり吸収し、自力で餌を摂るようになるまでさらに三十日。 小菅川におけるヤマメの産卵期は、十月中旬から十一月の初頭にかけて。したがって、翌年の正月以降が、 ちょうど仔魚の始動期にあたるのだ。 岸近い石の陰や枯葉の間を覗き込むと、ミリ単位のユスリカやカゲロウの幼虫を漁る仔魚の姿があった。 一年後、ないしは二年後の春以降、この仔魚は二十センチも三十センチもある立派なヤマメに育って私たち釣り人を喜ばせてくれる。 貪ることなく、ほどほどに釣るようにすれば、そのサイクルは保たれていく。 かつて各地の山村には、職漁と呼ばれる人たちが存在した。ヤマメやイワナを釣って生計を立てていた職業漁師である。 齢八十四を数える志田忠儀さんも、かつては山形の朝日山地を縄張りとした職漁で、三年前に訪ねていった私にこう語ってくれた。「魚は沢山いましたが、常に必要な分だけ釣って、あとは殖やすために滝の上へ放しました」 自分を生かしてくれる自然との約束事……。朝日山地の広大なブナ林を守り抜いた闘士としても知られる志田さんの言葉には、人間社会のルールを超えた磐石の重みがあった。 二十一世紀を迎えた小菅河畔で、私はふとそれを思い出していた。 |
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