むかしばなし
人魚の母

- 昔、高田某という見世物師がいた。
この男、諸国をまわりながら、天狗の爪や鬼の角といった見世物で金を取ることを生業としていたのだが、どうもこのところ調子がよくなかった。
そもそも天狗の爪にしても鬼の角にしても、鮫の歯や鹿の角を使った偽物である。もっともらしく口上を述べ立てたところで、二度、三度と客を望めるものでもない。高田は、何か新しい呼び物をが作れないだろうかと日夜頭を悩ませていた。
そんな折り、同業の弥介という男が話を持ちかけてきた。
紀伊浜松寺にある寺宝の、人魚の木乃伊(ミイラ)を盗み出さないか、というのである。
弥介も、高田と同様の悩みを抱えていたのだ。
高田は断わった。食うに困ったとはいえ寺宝を盗もうとは何事か、と強い口調で弥介をたしなめ、仏罰の恐ろしさ、因果応報についてとうとうと語って聞かせたのである。
だが、その言葉は、人魚の木乃伊を独り占めしたいがためであった。
それから数ヵ月後、高田は機をうかがって浜松寺に忍び込み、まんまと木乃伊を盗み出すことに成功した。
その帰り道のことである。
高田は、桐の箱の中でかたかた揺れる木乃伊を背負い、ひたすら夜道を急いでいた。
そこへ、海沿いの道へ差しかかったあたりで、声が聞こえた。
「もし・・・・」
うら若い女の人の声である。
見れば、月明りに照らされる磯の間に、長い髪からぽたぽたと海水をしたたらせ、美しい女が顔を出していた。
その尋常ならぬ様子を怪しむ高田に、女はせつせつと訴え始めた。
「どうかその子を返してください・・・・その子は、私が八十年ばかり前に生んだ子でございます。人間の網に捕えられ、そのようなありさまとなり果てましたが、私の大事な子でございます。供養がしたいのです。どうか、返してくださいませ・・・・」
女は、返してくれれば必ず、真珠でも珊瑚でも金銀でもどのような礼でもすると、必死に訴えていた。
高田はしばらくそれに耳を傾けた後、木乃伊の箱を地に下ろした。
「持ってゆくがよい」
女は喜んで、繰り返し礼を言いながら、陸の上に姿を現わした。尾ひれで地を打ち、両腕を使って這い進むその姿は、まさに話しに聞く人魚であった。
人魚は高田のそばまで来ると、木乃伊の入った箱に手をやりながら、再び礼を言った。
高田はうなずいた。
そして帯から短刀を引き抜くと、人魚の胸に突き立てた。
高田は、あてになるかもわからぬ妖怪の言葉よりも、実利を選んだのである。
人魚は二度、三度と突き立てられる刃に、声をあげることもなく息絶えた。
それから・・・・。
高田の興行する新しい見世物は、ほうぼうで大変な評判をとった。
親子という触れ込みの、木乃伊と塩漬けの二体の人魚は人々の噂となり、高田は大きな富を得ることができた。
だが、評判を取り過ぎたことがあだとなった。木乃伊を盗み出した寺にまで伝わってしまったため、役人に捕らえらえ、死罪を申し渡されたのである。
皮肉なのはその後だった。
高田は死ぬことはできなかった。ひそかに人魚の肉を食らっていたため、不老不死の身を得ていたのである。切られ、突かれ、毒を飲まされ、五体を切り離されても、決して死ぬことはできなかった。
何日目の処刑のときであろうか、耐え難い痛みと苦しみにあえぐ高田の目に、役人に耳打ちする男が映った。
男は、このやっかいな罪人を引き取ろうと申し出ていた。
高田は待ち受ける運命の皮肉を呪い、己の所業を深く悔いた。
役人に耳打ちする男は、高田の同業者、見世物師の弥介であった。
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