にせ汽車

にせ汽車は明治以降、汽車が日本にやってきてから生まれた現代の妖怪話しのひとつである。このにせ汽車の話は、東北から九州まで全国に残されている。
ようするに狸が汽車に化けるという話なわけだが、まだ人々が新しくできた汽車に慣れていなかった頃、同じく汽車にお初にお目にかかった狸たちが汽車にひき殺されたいう事件がよくあったようで、そうした事実から汽車に化ける狸の話はどんどんふくらみ語り伝えられていったようだ。

多いのは、蒸気機関車が走っていると、反対からも汽車がシュッポ、シュッポとやってきて、あわやぶつかるぞと、機関士が慌てて汽車を止めると、向こうから走ってきた汽車は消えてしまった、或いは衝突したと思ったら、なんともなく、あとでみたら、汽車にひかれて狸が死んでいたというものである。

他には汽笛や汽車の走る音をまねたり、線路の上で女や牛、石、山などに化けて汽車を妨害したり。赤い旗を振って汽車を止めては車掌を困らせたという狸もいる。

このにせ汽車のはなしが噂されるようになったのは、明治十二、十三年頃からだといわれている。しかしながら、汽車はすでに明治五年に新宿、横浜間に開通している。なぜこの7〜8年の間はにせ汽車の話が持ち上がらなかったかというと、どうやらそれは機関士のせいだったらしい。機関士が日本人になったのは、明治十二年からだそうである。それまでは英国人が運転していたとのこと。どうやら英国人相手には偽汽車は姿を現わさなかったようだ。

狸や狐がにせ汽車に化けて現われるのは、線路工事で、巣穴をあらされた仕返しだとも言われている。汽車にはねられたが、一命をとりとめ、人間に化けて医者に見てもらったり、薬を買いにいった狸のはなしもあるそうだ。
文明の勢いに押されて、狸のほうも変化を余儀なくされているわけなのである。



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