むかしばなし
佐渡の狸

- 昔、
佐渡ケ島へと向かう船の上に、一人の僧がいた。
名は団三郎(だんざぶろう)、実はタヌキが化けた人間であった。そして、団三郎がはいているぞうりにも名前があった。こちらは気仙院(けせんいん)、実は女のキツネが化けたものであった。
団三郎が気仙院にささやいた。「今夜は島でお前を歓迎するための宴を開いてやろうう。」
「ありがとうございます。夜が楽しみでなりません。」気仙院が答えた。
タヌキとキツネ、この奇妙な取り合わせの旅は、この日まででもう二ケ月も続いていた。佐渡ケ島がタヌキの世界であり、キツネが住んでいなかったころのことである。
二人が出会ったのは、
二ケ月まえの京の竹林だった。
その晩、団三郎は京で行なわれたタヌキの集会に、佐渡を代表して顔を出していたのだ。月明りの竹林で、全国から集まったタヌキたちが競って腹鼓(はらつづみ)を打ちあい、輪となって踊っていた。
宴もたけなわの頃、狸ばやしの中に聞き慣れない拍子が混じりはじめた。狸ばやしは潮が引くようにやんでゆき、その拍子を打つ一匹の見慣れぬ女タヌキに視線が集まった。女タヌキはほほ笑みながら聞き慣れない拍子を打ち続ける…。
それは不思議な鼓だった。タヌキたちは次第に、その新しい拍子に魅せられていった。そしていつしかその拍子のとりことなって興奮と喜びで声をあげたのである。
ところが団三郎はただ一人、それを冷静に眺めていた。そこへ女タヌキが輪を抜け出してやってきた。
団三郎は言った。
「こんなところへ何の用だ、キツネ!」
「ばれましたか…、やはり高名な団三郎さまだけのことはある。」
見慣れぬ女タヌキはキツネが化けたものであった。
女キツネは気仙院と名乗り、事情を語った。近々キツネ族として佐渡への進出を考えており、先に住んでいるタヌキ族への礼儀として団三郎に挨拶に来たということ、手みやげとしてキツネ族の間にめでたいものとして伝わる狐拍子を披露したのだということ…。そして気仙院は佐渡への案内を団三郎に頼んだ。
「さすがキツネ、やることにそつがない」団三郎は言った。「では、拍子を聴かせてくれた礼に佐渡を案内するとしようか。しかし、佐渡の人間どもは少々目が肥えておる。よほど変身がうまくないかぎり連れていくのは不安だな…。」
「変身には自信はあります。何にでも化けてみせましょう!」
こうして、団三郎の指示でぞうりに化けた気仙院と団三郎との旅が始まったのである。
さて、話は佐渡ケ島へと向かう船の上に戻る。
目的地を間近にして、ぞうりに化けた女キツネは僧の姿の団三郎となごやかに話をしながら、実は腹を立てていた。いかに人間を上手にだますためとはいえ、ぞうりとしてタヌキの足の下に敷かれるのは大変な屈辱であった。
「今夜のお前を歓迎する宴には、よい月が出て欲しいものだ。」団三郎が言った。
「ええ、私もぜひ美しい月の下、狐拍子を披露したいものです。」そう言いながら、気仙院は心の中で舌を出した。気仙院の狐拍子には実は呪力があったのだ。この狐拍子でタヌキたちを酔わせておいてから、そこへキツネの大軍が島へ攻め入るという手はずであった。
「今夜は晴れてくれるといいが…。」団三郎はのんきに言った。
「そうですねえ!」適当にうなずく気仙院の心は、もうじき屈辱も終わるという喜びで一杯だった。
「どれ、晴れるかどうかぞうりで占ってみるとしよう。」
団三郎は足を振り上げ、勢いよくぞうりを放り投げたのである!その先は荒海なのだ。続いてもう片方も…。
「何をなさいます!」気仙院は大波にもまれながら悲鳴をあげ、そのまま沈んでいった。
団三郎はカラカラと笑い声をあげた。だまし合いではキツネに劣るとされるタヌキだが、少なくとも佐渡のタヌキはキツネに負けたことはないのである。
その夜、こうこうと輝く月明かりのもと、祝いの狸ばやしが島中に響き渡った。
この後もキツネ族の佐渡進出はことごとく失敗し、未だ佐渡にはキツネがいないということである。
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