歴史に残る鬼たち
ここでは、歴史的に有名な鬼たちをいくつか紹介したい。
大江山の酒呑童子
鬼神退治説話には武人、英雄、高僧が鬼、鬼神を退治して民衆を助ける「大江山」「羅生門」などの伝説が沢山ある。
そのなかでも特に有名なのが、『御伽草子』に登場する鬼の代表ともいえる大江山の酒呑童子であろう。
天皇に命じられて、源頼光が山伏の姿に化けて酒呑童子を退治しに行き、姫を救うというのが話しの筋である。
この物語は謡曲や絵巻物の題材ともされ、非常に有名になった。
この大江山の鬼も、人を喰うということで有名であった。この鬼は酒呑童子と呼ばれたが、この童子とは、純真無垢で、神の憑巫となる、神に近い存在であり、山の神の化身とも考えられる。
伊吹山の神である大蛇と人間の姫とのあいだの子は、ふさふさとした髪と、生え揃った歯をもってうまれてきた異常児で、比叡山に稚児に出されるが、そこから追い出されて大江山に棲みつき、鬼になったのが酒呑童子であるという伝説もある。
恩寵と懲罰の二面性をもつ山の神が、仏教が広がるに連れ、それに従ったものは仏教の守護神とされ、拒んだものは鬼などの妖怪と化した。こうして仏教に対立した酒呑童子は、仏教の修行僧である、山伏姿に化けた頼光によて退治されるという図が成立したといわれている。
この酒呑童子の部下で、渡辺綱に腕を切られたのが茨木童子である。
安達ヶ原の鬼女
鬼女を主題にした謡曲は「紅葉狩」「山姥」「鉄輪」「道成寺」などたくさんあるが、なかでも恐ろしくも哀れなのが「安達ヶ原」の人を喰う鬼女の物語である。
公家の姫ぎみに仕えていた乳母岩手は、重い病にかかった姫を救う手だてとして、妊娠した女の生き胆が必要だと、ある医者に耳打ちされる。こうして岩手は生き胆を手に入れるべく旅立った。
そして安達ヶ原の岩屋に住みつき、妊婦の旅人を待った。やがて秋のおわりに岩手のもとに、旅の若夫婦が訪れる。妻は妊娠しており、その晩産気づいて苦しみ始めた。ここぞとばかり、夫を村へ助けを呼びにやり、そのすきに妊婦の腹を裂き、生き胆をとりだすが、そのときこの妊婦が実は自分の娘であったことを知る。
岩手は自分の罪深さに気づき、驚きと恐怖のあまり気が触れて鬼となってしまった。
こうして岩手は安達ヶ原の岩屋に棲んで、旅人の肉を食らう鬼となったが、最後は旅の僧に征伐される。
鬼女紅葉
信州は戸隠山に棲んでいたとされる伝説の鬼女が紅葉である。
第六天の魔王の申し子として生まれたとされる娘は、呉葉と名付けられ、貧しいながらも才色兼備と評判の娘に成長する。そして呉葉が15〜16才になったころ彼女の鬼的な性格が現われる。父の野望により上京し、名を紅葉と改め、その美貌と才覚を生かし、源経基の寵愛を受けるに至る。さらに正室の御台所を呪いで苦しめ、正室の座を狙うが、比叡山の僧に見抜かれ、戸隠山に追法される。
しかしそれからさらに紅葉は鬼としての本性を強めてゆくのである。
経基との間に生まれた経若丸という子と父母とともに、幸せに暮らしていたにもかかわらず、盗賊になり金銀を盗み、やがては人の生き血をすする食人鬼となった。
この噂を聞き平維茂が鬼女紅葉退治を命ぜられる。幻術を操る手強い紅葉だが、結局神仏の力を借りた維茂に破れる。
鈴鹿山の大嶽丸
中世の三大妖怪といえば、酒呑童子、玉藻前、そして鈴鹿山の大嶽丸があげられる。
この妖怪たちに共通するのが、退治された後、この鬼たちの頸と妖狐の遺骸が宝物として宇治平等院の宝物蔵に納められたということである。それほどに人々に恐れられたすごい妖怪たちであったというわけだ。
鈴鹿山の大嶽丸の伝説は「御伽草子」に記されている。
大嶽丸は、伊勢国の鈴鹿山に住んでいたが、天女鈴鹿御前の力を借りた将軍藤原俊宗によって頸を落とされる。
しかしながら宝剣の力により、再び蘇り、俊宗を襲うというところが、大嶽丸が三大妖怪の一人と恐れられた所以であろう。だが、やはり抵抗むなしく、最後は俊宗にやっつけられてしまう。
宇治の橋姫
宇治の橋姫とは、御伽草子「鉄輪(かなわ)」に登場する鬼女である。
京の王権の象徴でもある宇治の宝蔵を守護する竜神が実は、京の王権を脅かす鬼神であった、というのが「宇治の橋姫伝説」である。
夫に裏切られた公家の娘が、その恨みをはらすべく、丑の刻参りをして、ついに生きながら鬼になった。しかし陰陽師安倍晴明の呪術によって退散させられる。しかし、その後、夜な夜な洛中に出没しては、人々を襲った。こうして渡辺綱と坂田公時が鬼女退治に狩り出される。
そして最後は、二人に追い詰められた橋姫は、弔ってもらうかわりに王城の守護神になろうと言い残して、宇治川に姿を消したという、恐ろしいながらも、悲しい物語である。
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