むかしばなし
光が沼の「おはん」

昔、水戸の方の寂しい道すじに、奇妙な沼があった。
林の中に湧いた水たまりのような沼だったが、若い娘が近くを通りかかると、何かに取り憑かれたようになり、水中に誘い込まれるのである。
娘たちが誘い込まれるときには、決まって、水底でちらちらと光が輝いた。
それゆえこの沼は「光が沼」と呼ばれるようになり、いつしか噂も広がって、近づくものは誰もいなくなっていた。

そんなある日、激しい雨の降る中を、ある娘が一人、光が沼を訪れた。
娘は名を千代といい、沼の主を撃つための鉄砲をたずさえていた。
千代には、娘ばかりを誘い込むという光が沼の主に心当たりがあったのだ。
もっとも、それを知ったのは最近である。

噂のため、しばらく通る者も無かったこの沼で、久しぶりにひとりの娘が引き込まれそうになり、その娘の同行者が沼の主を見たというのだ。なんと、暗い水底に、巨大な金色の蛇が泳いでいたという。
それを聞いた千代は、自分が子供の頃に飼っていた「おはん」という蛇のことを思い出したのだ。
千代は沼のほとりに立つと、鉄砲を構えながら水面を眺めた。
待つこともなかった、激しい雨の向こうで、ちらちらと二つの光が輝いたのである。

光を目にした千代の体に、強烈な感情が流れ込んできた。
まるで、親にはぐれた子供が抱くような寂しさと恐怖、そして思慕の情…千代はそれが「おはん」であることを確信した。
そして、胸がつまるような感情に操られそうになるのをこらえながら、鉄砲の引き金を引いた。

「おはん」とは、まだ幼かった千代が卵からかえした蛇だった。沢で拾った卵を、鳥のものかと思って温めたのだ。
ところが、生まれてきたのは金色の小さな蛇だった。
千代はその蛇に「おはん」という名前をつけ、親に内緒でこっそりと納屋で飼い始めた。
「おはん」は不思議な蛇で、千代にはよくなついた。
名前を呼べば梁から降りてくるし、体をかいてやれば嬉しそうな顔をする。
「おはん」には、話すらも通じているような気がしていた。
だが何年かのうちに「おはん」は目立って大きく成長し、それを見つけた親に捨てられてしまった。
千代は、何日も泣き通した。
その「おはん」がここにいる!
千代の影をもとめて、次々と若い娘を引き込む沼の主となって…。

千代が撃った鉄砲は、外れてしまったようだった。
一瞬消えた光は、再び輝きだして千代を誘い始めた。
千代は、沼の主の瞳が放つまばゆい光に耐えながら、繰り返し繰り返し鉄砲を撃った。
光はそのたびにかき消え、すぐに光を取り戻す。
命中させるのには、もっと近くによる必要があった。
千代は、沼の主に向かって呼びかけた。

「おはん!」…光が消えた。
千代は、激しい雨音と雷鳴に負けぬよう、声を張り上げた。
「おはん!」…なつかしい名前を呼ばれ、沼の主は水中から金色の体を現した。
頭の後ろには角のようなものが小さく生え、口元には細いひげが伸びている。そして身体は大木のように大きい。
ゆっくりと近寄ってくるその姿は、千代の知っている「おはん」とは似ても似つかぬものだった。
だが、身体をかいてもらうために千代に首をすりつけようとする仕草は、「おはん」に間違いなかった。
千代は、「おはん」の首に手をやりながら、鉄砲の筒先を当てた…そして溢れる涙をこらえつつ、指に力を入れた。

その瞬間、雷鳴が響いた。
気が付くと、千代は沼のほとりに横たわり、空を仰いでいた。
見れば、降り注ぐ雨の中を昇っていく、金糸のような「おはん」の姿があった。
その向こうでは、「おはん」と同じ金のうろこを持つ、巨大な龍たちが、黒雲の切れ間を埋めて流れていた。
この後、光が沼に娘が引き込まれることはなくなった。
そして光が沼の名は土地の名となり、「おはん」と千代の話は末長く伝えられたという。


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