むかしばなし
殺生石

昔、英暁(えいぎょう)という旅の僧が、山中で夜を明かすうち、不思議なものに出会うことになった。

草を枕にして、月明りを浴びながらまどろんでいたところ、風に乗って、音楽のようなものが聞こえてきたのだ。
目を開けると、闇の向こうにいくつもの灯りがともり、列をなして進んでいた。
音楽は聞いたこともない調べで、笛の音とも獣の声ともつかない。
英暁は最初、何かの祭りだろうかと考えたが、すぐに思い違いに気付いた。
そこは人里から離れた深山だったし、何より、灯りの色は人の生み出すものではなかった。
闇の中に並ぶのは、緑色の光だった。

これは自分の仕事かもしれない。
英暁はそう思い、腰を上げた。
英暁はまだ若かったが、自分の法力には自信を持っていた。ほうぼうに出向いては、憑き物を落としたり、怪異を鎮めたりという経験を繰り返し、それなりに名声を得て、自信を深めていた。
若さゆえの思いということもあるが、英暁は、また一つ武勇伝でもたててやろうというような気持ちだった。

下草をかきわけて進むうちに、怪光の正体が明らかになっていった。
それは狐火のようだった。
狐たちが、口にくわえた枝や、尾の先に光をともして歩いているのだが、それぞれどこかがおかしい。
一つ目の狐や、尾が何本もある狐。首のない狐もいるかと思えば、首だけをこね合わせたような姿もある。
虫のように小さな狐や、毛玉だけのものもあった。
英暁は行列を前にたじろいていた。
狐火は前にも見たことがあったが、このように奇怪なものははじめてだった。
そこへ、列から離れて、一匹の狐がやってきた。

『おまえに、供養を頼みたい』
三つの目で見上げながら、白毛の狐が言った。
『…供養?』
『そうだ。われわれ妖狐の主を供養してもらいたい。』
『どういうことだ?』
『われわれの主人は人に討たれた。もう昔のことだ。だがその怒りはまだ解けず、死してもなお石となって毒気を吐き続けている。ふびんでならない。心安らぐように供養を頼みたい…』

そういうと、白毛の狐は英暁をうながすようにして列に戻っていった。
英暁は怪しんだ。
話しから察するに、妖狐たちの主とは、天竺、支那、日本の三国を悩ませた金毛白面九尾の狐、玉藻前のことである。
討たれた後も石となって毒気を放っているという『殺生石』の話は有名だった。
正直いって、それほどの化け物を相手にできる自信はなかった。
だが…英暁は、白毛の狐の後に続くことにした。

供養となれば話しは別だと思ったのだ。
何も相手に打ち勝つ必要はない。祈るだけでいいのだ。
それに、供養がうまくいって殺生石を鎮めることができれば、大変な名声を得ることになる。
玉藻前を討ち取った陰陽師や豪族たちのように、英暁の名も人々に語り継がれ、伝説となるだろう。
英暁は不安と期待がないまぜになった妙な気分で、妖狐の行列に続いていった。

殺生石のあたりに着いたのは、空が白みはじめたころだった。
朝もやの漂う中に、噂にたがわぬ壮絶な光景があった。
殺生石のまわりにはことごとく木や草が枯れ果てて、広大な荒れ地となっている。
そして、下地が見えないほどに蝶や蜂の死骸が積み重なり、鳥や獣、人間のものとおぼしい白骨がいたるところに転がっている。
英暁はその光景に恐怖を覚えた。

『さあ…』妖狐が供養をうながした。
英暁はうなずくと、懐から経文を取り出し、読経をはじめた。
離れてはいても、膚を焼くような毒気が漂ってくる。
加えて、背中には妖狐たちの視線がひしひしと感じられる。
英暁は逃げ出したい気持ちで一杯だったが、得られるであろう栄誉を思い、声をはりあげ、必死で読経を続けた。

そして…。
朝費が昇り、空が赤く染まった頃だった。
『だめだな』白毛の妖狐が、読経をさえぎった。
驚いて振り向いた英暁のもとへ、妖狐たちの冷ややかな眼が注がれた。
『おまえは主のために祈っているのではない。自分のために祈っているだけだ。
 そのような供養など何の意味もない。
 おまえのような人間には、別な形で供養の助けとなってもらおう。』

妖狐たちは英暁を追い詰めるように、ゆっくりと迫っていった。
『つまらない坊主でも、主の怒りを和らげる供物にはなるだろう…。』
英暁が耳にした最期の言葉だった。
殺生石はこの後も毒気を吐き続け、近付くもの全ての命を奪い続けたという。


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